遥かなる君の声 V 28

     〜なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 



          28



 一瞬でも気を抜けば、灼熱の火柱に呑まれて肉といわず骨といわず、瞬時に蒸散しただろう、瞬死しかねなかった一発勝負の突破を敢行し、くぐり抜けた先の岩壁の裂け目を、そのままの勢いで駆け抜ける。炎の放つ光に明々と満たされていたあの空間から一転して、こちらは真っ暗な場であったが、駆ける先に仄かな明かりが見えていて。そこを目がけて、皆して駆けた。身に擦れるほどの岩壁迫る細い隘路を、風のように一気に駆け抜けると、

  ――― ふっ、と。

 彼らへと均等にかかっていた圧迫感が、じつにあっけらかんと消えて去る。王宮の内宮、温室から始まった強襲と追撃と、それからの連綿とした戦いを経ての今。緊張感に冴え、鋭くも研ぎ澄まされている彼らの感応へ伝わるは、無明の寂感…いやさ、妙に虚ろな閑感といったところだろうか。相当な進軍の末のこと、地底と呼んでもいいほどに、かなり深いところへと達している彼らなはずで。四方八方、岩盤に囲まれた閉塞感から来る“圧”のような感触が、ささやかながらも感じられていたのさえ、薄衣を剥いだように取り払われており、
「…一種の相殺か?」
「かも知れぬ。」
 周囲ぐるりを見回した葉柱と蛭魔が、その視線も合わせぬまま、手短に意を照らし合う。此処はこの大陸を覆う聖なる気脈の主幹流の通り道でもあるがため、もしかせずともそこからの影響力も働いており。だからこそ、彼ら陽白の側の者であっても、咒を唱えて合
ごうという輻輳障壁をくぐり抜けるという“次空跳躍”が、善しにつけ悪しきにつけ、絶対不可能だった訳だけれど。そんな感触もまた、この空間には感じられないところから察するに。そうまでの“闇”の精気を充填させてあった祭壇が間近いせいならば、

  ………いよいよか、と。

 導師二人が状況を飲み込んだ。一方で、
「あ…。」
 頼もしい両腕
かいなにて抱えられていたそのまま、小さな顎をのけ反らせ。小さな公主が頭上を見回す。ここまでは…二層以降の古めかしい隧道も、人為の為したものながら、それでもどこか殺風景なただの通路だったものが。この空間には明らかな人為、いや相手は負世界の魔物、作為と言った方がいいのか…そんな存在が施したものがあちこちに見受けられもする。石積みの平かな壁には玻璃の火幌で炎を覆われた明かりが等間隔にて灯されてあり、吹き抜けではないかと思わせるほどその先が遥か頭上の闇へと没した高い高い天井を支えるは、側面に複数角形となるよう刻みの入った何本もの円柱。何だか古代の神殿みたいだなと、雄々しい腕にて護られていた、白い騎士殿の懐ろから空間をぐるりと見回していた瀬那は。その視野の中、此処までを同行して来た仲間に眸がゆき、
「…え?」
 そこにあった違和感へ、ついのこととて…瞠目して見せた。

  「…桜庭さんは?」

 此処にいるのは、自分と自分を抱えて来た進と、それから。頭に冠した髪の金色を仄かに鈍くくぐもらせた黒魔導師の蛭魔と、屈強な肢体へとまとった浅色の導師服が褪めた色合いに発色している封印の導師・葉柱だけだ。腕の中に抱えた仔猫のやわらかな温もりを、きゅうと抱き締め直しつつ、あの優しい物腰の青年導師の姿を見回して探したが、自分たちが駆け込んで来た方向は勿論のこと、傍らにも、行く先の側にもあの美貌の長身はなく。彼が常に付き従っていた金髪の魔導師へと視線を戻せば、

  「………さぁな。」

 特に感情を載せぬ返事が…たったのこれだけ。どうするつもりかは、視線のやり取りで把握済み。ほんの一瞬の違和感へと感づき、振り返った蛭魔に向けて、向こうから寄越したものは、やはり短い一瞥だけであり。あの灼熱の空間へ居残ると、そんな意志を見せた桜庭であったこと、理解はしたが…そんな勝手は無論のこと、不本意もはなはだしかったのだけれど。
「あの炎の大元が、俺らを追って来かねなかった。向背から襲って来そうだったらしくてな。」
 それで、居残った彼なのだというのは、皆まで言わずともセナへも伝わり、
「そんな…。」
 だってさっきは。この蛭魔がとんでもない咒を唱えようとしていたの、本気で怒ってまでして制したのに? そんな彼が、だってのに…今度は自身を楯にしたのかと、そうと受け取り、愕然としたらしく。
「…。」
 大きな琥珀の瞳を俯かせ、動揺の態を見せるセナへ、
「そんな大層なことじゃねぇんだ、気に病むな。」
 蛭魔の方から、鼻先にて笑い飛ばすような言いようを並べて。
「奴はあれでも元は人ならぬ存在から転生した身。こんな非常時に何をどうすればいいのか、一番に判ってる野郎だしの。」
 あくまでも自信満々に笑って見せて、

  「ましてや、俺の障壁通過の咒を制した上で構えた代物。」

 …と。よもや、同じようなことをやるはずはねぇということを暗に匂わせる物言いをして、強かそうににやりと笑う。彼の判断とその力を信じて案ずるなと。

  ――― あれが誰の相棒だと思ってやがる、と。

 剛い眸をしたまま、唇の端、引き上げる蛭魔であり。それに、と。付け足したのが、

  「奴にももうあまり時間の余裕はあんめいだろしよ。」

 …奴? と、セナと葉柱がキョトンとしたのへ、今度は“おいおい”と目許を眇める。
「俺らは誰を追って、こんなトコまで遥々(はるばる)来てんだ、この糞
ファッキン野郎どもがっ。」
「あっ、えと…その…。」
 ずっと姿を見失ったままだったので、筆者までもがうっかり忘れておりましたが。
(おいこら) そうでした。炎獄の民の皆さんを、自身の恣意からいいように操っていた存在。今回の騒動のその発端、全ての元凶。謎の僧正を追って来た彼らであり、
「意識が覚醒せぬまま、それだのに進が…進の身体が行動を起こしたのは。奴が招きたいとしていた相手が、そいつを道標として見定めたから。釣り針にて下げられてたその餌に気づいたからこそのリアクションなんだろうよ。」
 セナの傍らから離れぬままの、精悍な表情を微動だにさせぬ騎士殿へ、結構な棘だらけのお言葉を投げやってから、
「それで、寄代への憑依にはどうしても要ったらしき、あの砂時計…グロックスを取り戻しにと、段取りを踏んでか進自身が王宮へ飛んで来た…って順番なんだろから。それらを考えりゃ、もうそんなには猶予もなかろう。」

 もとは陽白の一族を補佐した民らが、後世に現れし一般の人間たちとの間に生じさせた齟齬の原因。戦闘に特化したという偏った不器用さだけならいざ知らず、不幸があるとそれもまた、魔と縁続きだからなんて陰口を叩かれ、彼らのせいにされかねなかったほどに、途轍もない破壊力を発揮できた莫大な咒力からして。実は、そやつの押しつけた闇の咒の影響力のせいだったというほどもの、最初の最初から。こんな痛々しくも身勝手な筋書きを立てて遂行したとんでもない妖魔。

 僧正などという聖職者に身をやつし、炎獄の民の人々を欺き続けていた“闇の者”。陽白の一族からの殲滅の雷霆を避けるため、しいては自分が助かりたいばっかりに、この母なる大地を捨てさせた、悪夢の始まりを為した者。


  「…さあ、いい加減に鳧をつけさせてもらおうか。」


 蛭魔が鋭い視線を投げたその先に、闇にその輪郭を霞ませて在った石積みの壁。そこへと見る見る、直線の亀裂が縦に横にと走って…それから。荘厳で重々しい轟音と共に、石の壁は真ん中から分かれての左右へと、その口を大きく開いたのであった。









 
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  *うひゃあ、もう後戻りは出来ません。
   此処まで来たかという感じですが…
   こっから“end”まで どのくらいかかるか、
   お主、某
それがしと賭けをしないか?(苦笑)